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高松高等裁判所 昭和32年(ネ)192号 判決

控訴人 原告 田倉万六

訴訟代理人 兵頭吉太郎

被控訴人 被告 国 代表者 法務大臣唐沢俊樹

指定代理人 高松法務局訟務部長大坪憲三 外二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担する。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金十三万円及びこれに対する昭和三十一年四月十四日以降完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。当事者双方の事実上の主張、証拠の提出援用認否はいずれも原判決「事実」の欄記載の通りであるから、ここにこれを引用する(但し原審判決書において被告代理人援用の証人の氏名中「松浦喜作」とあるは「松浦嘉作」の誤記と認める)。

理由

松山地方裁判所所属執行吏太宰真清(以下本件執行吏と称す)が訴外有限会社毎日金融(以下単に毎日金融と称す)の委任により、訴外岡村為義に対する強制執行として、公証人蓮沼重雄作成昭和三〇年第九〇〇号公正証書の執行力ある正本に基いて、昭和三十一年三月一日宇和島市柿原字畑谷二百八十四番地の控訴人所有山林内において、松木材(伐倒木)百三十石の有体動産差押をしたこと、本件執行吏は更に訴外木村次郎より判決の執行力ある正本に基き前記岡村為義に対する執行委任を受け、同年三月三日前記差押物件につき照査手続をなしたこと、控訴人は右差押物件は控訴人の所有に属することを理由に、同年三月十日松山地方裁判所宇和島支部に対し毎日金融を被告として毎日金融のなした前記強制執行につき第三者異議の訴訟を提起し、同支部は同年三月十四日右強制執行を本案判決をなすに至る迄停止する旨の決定をなしたこと並に本件執行吏(代理大野繁日子)は競売期日として定められていた同年三月十五日(以下本件競売期日と称す)に競売手続を実施したことはいずれも本件当事者間に争のないところである。

控訴人は凡そ照査手続は配当要求の効力を有するに止まり、基本の差押が取消されない限り差押の効力を生ぜず、基本の強制執行が停止されている間は未だ照査債権者のために競売手続を遂行することができない筋合であるに拘らず、本件執行吏が前記の如く基本たる強制執行の停止中に照査債権者のために競売手続を遂行したのは違法であり、本件執行吏が右違法を敢てしたのは同執行吏の重大な過失に因るものであると主張するにつき考察する。いわゆる照査手続に関し民事訴訟法第五百八十七条は「前条(第五百八十六条)に掲げた物の照査手続は配当要求の効力を生じ、また既になした差押が取消となつたときは差押の効力を生ずる」旨規定するのみで、既になした差押につきその強制執行が停止された場合については直接規律していないけれども、右民事訴訟法第五百八十七条が照査手続に配当要求の効力を与えるに止めた所以は、基本たる執行(当初の差押債権者のなした執行)を進行せしめることにより照査債権者のためにも執行をなしたのと同一の効果を得せしめると共に数個の執行手続を併行することによつて生ずる煩雑を避けんがためであつて、右は基本たる執行が支障なく進行することを前提としているものであるところ、若し基本たる執行がその進行を阻止せられたような場合においては、たとえそれが強制執行の一時的停止の場合であつても、そのため本来独立して執行追行ができる筈の照査債権者が自己の執行追行を阻止されるべき理由はないから、基本たる執行につき差押が取消となつた場合のみならず、その強制執行が停止された場合においても、民事訴訟法第五百八十七条の法意を類推して照査債権者のため差押の効力を生ずるものと解するのが相当である。蓋し照査は照査債権者のため附随的差押の性質を有するものであり、基本たる執行が進行している間はその効果は潜在的であるが、基本たる執行が停止または取消となつたときは、照査債権者のための差押が現実化されるものと解すべきである。従つて有体動産の差押債権者に対し執行停止の命令があつた場合、照査手続をした債権者が存するときは、執行吏は照査債権者のため執行手続を続行すべきものであり、本件の場合前記の如く毎日金融のなした有体動産差押につきその執行が停止されたとはいえ、照査債権者(木村次郎)の執行につき執行停止がなされていない以上(このことは弁論の全趣旨に徴し明らかである)、本件執行吏が照査債権者のため執行を続行し、本件松木材につき競売手続をなしたのは適法であるといわなければならない。控訴人の前記主張は採用できない。

次に控訴人は、仮に本件の場合執行吏が照査債権者のため執行を続行し得るものとしても、本件競売期日は照査手続前基本たる差押について指定されたものであつて、照査手続後に指定したものでないから、執行吏が本件競売期日に照査債権者のために競売をしたのは違法であると主張する。本件競売期日は照査手続がなされる以前に指定されたものであること成立に争のない乙第九号証により明らかであるけれども、照査手続がなされる以前に指定された競売期日であつても、照査手続がなされた以後においては右期日は潜在的には照査債権者のための競売期日としての効力をも有するものと解するのが相当であり(照査手続の性質につき前記説示参照)、本件の場合の如く競売期日前に基本たる執行が停止されたような場合、執行吏は照査債権者のため新な競売期日を指定する必要はなく、既に定められていた競売期日に照査債権者のため競売を実施することができるものといわなければならない(尚執行吏執行等手続規則第三十七条により、照査債権者に対しても執行吏より競売の日時場所を通知されている筈であり、また同規則第三十八条によれば、競売の日時の変更につき照査債権者も合意権を有することになつている)。従つて本件執行吏が照査手続前に指定された競売期日に照査債権者のため競売を実施したことが違法であるとはいえず、控訴人の前記主張も理由がない。

尚控訴人は、仮に照査債権者のための本件競売実施が適法であるとしても、この場合差押債権者に配当すべき金額は当然供託しなければならないところ、毎日金融と前記木村とが妥協して、差押債権者は差押債権放棄の形式をとり、照査債権者が全額の配当を得てこれを差押債権者に分配するという不当な行為が行われたのであり、これは明らかに脱法行為であつて、本件執行吏の黙認の下に差押債権者と照査債権者とが通謀してなした違法不当の行為であると主張する。仍て審按するに、本件競売期日に照査債権者である前記木村次郎において本件差押物件を代金七万円で競落したことは当事者間に争がなく、成立に争のない乙第十七、第十八号証、原審証人船田源太郎、同太宰真清の各証言を綜合すれば、差押債権者たる毎日金融は昭和三十一年三月二十四日配当要求を放棄し、前記木村次郎において競売代金六万八千九百三十六円の配当を受け、同人はその中金五万円を毎日金融に交付した事実を認めることができるところ、右は仮に控訴人主張の如く差押債権者と照査債権者との通謀に因るものであるとしても、本件執行吏が右債権者等と通謀していたことその他本件競売及び配当手続において本件執行吏の措置に違法または不正があつたことを認めるに足る資料はないから、右のようなことが行われたことを直ちに本件執行吏の責に帰せしめることはできない。従つて控訴人の前記主張も理由がない。控訴人は更に、本件執行吏は控訴人が第三者異議の訴を提起し執行停止を得ているのであるから、本件差押物件が控訴人の所有であることを知つていた筈であり、或は少くとも控訴人の所有であり、執行を許さずとの判決が下るかも判らぬと考えられるべき状態であつたにも拘らず、照査債権者のために執行を続行したのは不法であると主張する。しかし執行吏としては基本たる執行につき執行停止がなされても照査債権者の執行につき執行停止がなされない以上照査債権者のために執行を続行すべきであること前叙説示の通りであるのみならず、本件の場合につき観るに、原審証人太宰真清、同大野繁日子の各証言を綜合すれば、基本たる執行につき停止命令が発せられた昭和三十一年三月十四日の夜本件執行吏太宰真清は控訴人の代理人である兵頭吉太郎弁護士の事務員木原某に対し照査手続に対する執行停止の手続も必要であることを告げ、更に翌十五日(競売期日)の朝右停止の件につき電話で右兵頭弁護士に連絡したこと並に本件執行吏の代理大野繁日子は同日競売の場所に赴き、照査債権者の執行についても停止命令が発せられることを予期して競売の実施をしばらく差控えていたが、結局右停止命令が出ないため遂に競売を実施したことを認めることができ、本件執行停止の事由がいわゆる第三者異議の訴提起に因るものであるとはいえ、本件執行吏において右認定のような措置を採つている以上本件執行吏の措置に格別責むべき点は見出せない。従つて控訴人の右主張も採用し難い。

その他控訴人は、控訴人としては照査手続のなされたことは全然知らず、また知る由もなかつたのであり、若しこれを知つて居れば当然何等かの措置を講じていた筈であるが、これを知らなかつたために抜打的に照査債権者のために執行が行われたものであり、そのため保証を供託して得た執行の停止が全然無駄になつたと主張するけれども、本件執行吏が控訴人の代理人である兵頭弁護士及びその事務員に対し照査債権者に対しても執行停止の手続が必要である旨注意を喚起したことは前記認定の通りであるのみならず、照査債権者の有無は本件差押物件につき所有権を主張する控訴人の側において調査すべき事柄であり、仮に控訴人主張の如く控訴人が本件執行につき照査手続がなされていたことを知らなかつたとしても、これを本件執行吏の責に帰せしめることはできない。

これを要するに、控訴人の主張するところを十分考慮に容れても、本件執行吏が照査債権者のために執行を続行し、照査手続前に定められていた競売期日において競売を実施したことが違法であるとはいえない。従つて本件執行吏が国家の機関として重大な過失に因り違法な執行行為をしたことを理由に被控訴人国に対し国家賠償法の規定により損害賠償の支払を求める本訴請求は、控訴人が果して本件競売物件につき所有権を有していたか否かを判断するまでもなく、失当であるといわなければならない。

然らば右と同趣旨の下に控訴人の請求を排斥した原判決は相当であるから、民事訴訟法第三百八十四条により本件控訴はこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき同法第八十九条第九十五条を適用して主文の通り判決する。

(裁判長判事 石丸友二郎 判事 浮田茂男 判事 橘盛行)

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